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大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)1724号 判決

原告 福田貫一

右訴訟代理人弁護士 里見弘

同 中村喜一

被告 株式会社正気屋

右代表者代表取締役 猿荻祐三

〈ほか一名〉

右被告両名訴訟代理人弁護士 横田長次郎

被告 三菱商事株式会社

右代表者代表取締役 辻喜代治

右訴訟代理人弁護士 藤井哲三

右訴訟復代理人弁護士 和田一夫

同 青木永光

主文

一、原告に対し、別紙物件目録記載の物件につき、

(一)  被告株式会社正気屋は別紙第一登記目録記載の各登記

(二)  被告吉村藤蔵は別紙第二登記目録記載の各登記の各抹消登記手続をせよ。

二、原告の被告株式会社正気屋に対するその余の請求を棄却する。

三、原告の被告三菱商事株式会社に対する請求を棄却する。

四、訴訟費用中、原告と被告株式会社正気屋・同吉村藤蔵との間に生じたものは同被告等の負担とし、原告と被告三菱商事株式会社との間に生じたものは原告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は、主文第一項掲記の判決のほか、「(一)被告株式会社正気屋は原告に対し別紙物件目録記載の物件につき別紙第二登記目録記載の各登記の抹消登記手続をせよ。(二)被告三菱商事株式会社は原告に対し別紙物件目録記載の物件につき別紙第三登記目録記載の各登記の抹消登記手続をせよ。(三)訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、請求原因としてつぎのとおり陳述した。

一、別紙物件目録記載の物件(以下本件物件という。)は原告の所有であるが、この物件につき被告株式会社正気屋(以下被告正気屋という。)を権利者として別紙第一登記目録記載の各登記、被告吉村藤蔵(以下被告吉村という。)を権利者として別紙第二登記目録記載の各登記(この登記は別紙第一登記目録記載の各登記の附記登記である。)、被告三菱商事株式会社を権利者とする別紙第三登記目録記載の各登記がそれぞれ経由されている。

二、しかしながら、これら別紙第一及び第三登記目録記載の各登記の登記原因として表示されている事実は存在しない。

よって、前記請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

三、(一) 被告正気屋・同吉村の答弁二、の事実中、原告と被告正気屋との間に本件物件について抵当権設定契約・代物弁済予約が締結されたこと(但し、その日時は昭和二九年一一月一六日である。)、その主張の日に別紙第一登記目録記載の各登記が経由されたことは認めるが、その余の事実は否認する。なお、仮に昭和三八年三月三一日当時訴外会社がその主張のような金五〇〇万円の債務を負担していたとしても、それは昭和三九年一一月一六日以前に全部弁済されている。右締結の、抵当権設定契約及び代物弁済予約は後記(三)のとおりのもので、被告等が主張するようなものではない。

(二) 被告三菱の答弁二、の事実中、原告と被告三菱との間に本件物件について抵当権設定契約(被告主張のような根抵当権設定契約ではない。)、代物弁済予約が締結されたこと(但し、その日時は昭和三九年一一月二三日である。)、その主張の日に別紙第三登記目録記載の各登記が経由されたことは認めるが、その余の事実は否認する。右締結の抵当権設定契約及び代物弁済予約は左記(三)のとおりのもので、被告が主張するようなものではない。

(三) 訴外会社は昭和三九年一一月資金繰りが困難となりその侭では倒産するので、代表者である原告が訴外会社の取引先から一時融資をうけ、これを訴外会社に繰入れて事態の好転を企てた。

そこで、原告は昭和三九年一一月一六日被告正気屋に対し同月中に金五〇〇万円貸与して欲しいと申入れたところ、同被告はこれを承諾してその担保を要求した。そこで原告は本件物件に右金五〇〇万円の貸金につき抵当権設定契約、弁済不能の場合の代物弁済予約を約定し、登記に必要な書類を交付した。ところが被告正気屋はその後原告の再三の請求にも拘らず右約定の金員を貸与せず、しかも右約定とは内容を異にする別紙第一登記目録記載の各登記を経由し、且つ、被告吉村のために別紙第二登記目録記載の各登記(附記登記)が経由されていることが判明したので、被告正気屋が原告に前記金五〇〇万円を貸付ける意思のないことは明確と認め、原告は、被告正気屋に対しては昭和四〇年四月六日に到達の、被告吉村に対しては同月七日到達の内容証明郵便をもって、被告正気屋の前記約定の金五〇〇万円貸与不履行を理由に、前記消費貸借の予約、抵当権設定契約、代物弁済予約を解除する旨の意思表示をした。

また、原告は昭和三九年一一月二三日被告三菱大阪支店に対し同月中に金一、五〇〇万円貸与して欲しいと申入れたところ、同被告はこれを承諾しその担保を要求した。そこで原告は本件物件に右金一、五〇〇万円の貸金につき抵当権設定契約、弁済不能の場合の代物弁済予約を約定し、登記に必要な書類を交付した。ところが被告三菱はその後原告の再三の請求にも拘らず右約定の金員を貸与せず、しかも右約定とは内容を異にする別紙第三登記目録記載の各登記を経由していることが判明したので、被告三菱が前記金一、五〇〇万円を貸付ける意思のないことは明確と認め、原告は被告三菱に対して昭和四〇年四月七日到達の内容証明郵便をもって、前記約定の金一、五〇〇万円貸与不履行を理由に、前記消費貸借の予約、抵当権設定契約、代物弁済予約を解除する旨の意思表示をした。

第二、被告正気屋・同吉村訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁としてつぎのとおり陳述した。

一、請求原因一、の事実は認める。

二、別紙第一登記目録記載の各登記はつぎの登記原因に基づくものである。

被告正気屋は訴外福田メリヤス株式会社(以下訴外会社という。)に対し過去六・七年来金員の貸付をしてきた。この貸付は手形によるもので、訴外会社は各手形振出日に被告正気屋の信用により他から金融をうける方法をとっていた。この貸付金は昭和三八年三月三一日現在で金五六〇万九、三四二円、昭和三九年一二月一五日現在では金一〇〇万円の小切手金債権を加えて金一、〇〇九万八、五〇〇円に達していた。訴外会社は同年一一月末日資金難に陥り手形の不渡りを発表して整理に入った。この整理発表に先立って被告正気屋は同年一〇月末頃から経営上の必要により前記債権確保のため金一、〇〇〇万円の担保提供を要求していた。これに対して、訴外会社の代表者である原告は本件物件を訴外会社の前記昭和三八年三月三一日現在の金五六〇万九、三四二円の債務の内金五〇〇万円の担保に提供することを承諾し、被告正気屋との間に右債務を担保するための抵当権設定契約及びそれが不履行の場合の代物弁済予約を締結した。

この約定に基づいて昭和三九年一一月一六日別紙第一登記目録記載の各登記が経由されたものであるから、これ等の登記は有効である。

第三、被告三菱訴訟代理人は、主文第三、四項同旨の判決を求め、答弁としてつぎのとおり陳述した。

一、請求原因一、の事実は認める。

二、別紙第三登記目録記載の各登記はつぎの登記原因に基づくものである。

原告は昭和三六年五月一日訴外会社が被告三菱に対して負担する債務につき金四、〇〇〇万円を極度額とする連帯根保証をしていた。昭和三九年一一月二〇日になって原告から「訴外会社が一一月中に金五〇〇万円の資金不足を来すので援助して欲しい。」との依頼があった。そこで被告三菱では検討の上、かねて担保差入れを要求していた本件物件を訴外会社の被告三菱に対する債務の根担保に差入れるならば、訴外会社が在庫している季節はずれの商品を一時買上げて金五〇〇万円現金支払いにより援助してやる旨(将来販売シーズンになれば再び被告三菱の要求により訴外会社が買戻す。)申入れ、原告もこれを承諾して、同月二一日原告との間に別紙第三登記目録記載の各登記原因のとおりの根抵当権設定契約及び代物弁済予約を締結した。その結果、同月二四日右約定に基づいて別紙第三登記目録記載の各登記が経由されたものであり、一方、被告三菱は前記在庫品の売買代金五〇〇万円を現金で支払った。(実情は、その後更に原告及び訴外会社からの依頼があり、被告三菱は右金五〇〇万円を上廻る合計金七四九万九、八〇五円の現金を訴外会社に支払って援助した。)

以上のとおりであるから、別紙第三登記目録記載の各登記は有効である。

第四、証拠関係(省略)

理由

第一、被告正気屋、同吉村に対する請求について

一、原告は、被告正気屋に対し別紙第一登記目録記載の各登記、被告正気屋及び被告吉村に対し別紙第二登記目録記載の各登記の抹消登記手続を請求している。

ところで、甲が抵当権設定登記又は所有権移転請求権保全仮登記を経由した後、甲から乙へ抵当権又は所有権移転請求権の譲渡による附記登記が経由された場合において、抵当権設定登記又は所有権移転請求権保全仮登記の登記原因たる事実が存在しないことを理由にこれ等各登記の抹消登記手続を求めようとするときは、甲・乙はそれぞれ自己を権利者とする登記について独立の利害関係を有する(主登記と附記登記とは別個の登記である。)から、甲を権利者とする抵当権設定登記または所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記の登記義務者は甲であり、乙を権利者とする附記登記の抹消登記の登記義務者は乙であると解するのが相当である。(同旨・京都地裁昭和三八年一一月九日判決、東京地裁昭和四〇年一一月三〇日判決。なお、大審院明治四一年三月一七日判決・同昭和一三年八月一七日判決参照)

そうすれば、原告の本件請求のうち、被告正気屋に対して別紙第二登記目録記載の各登記(附記登記)の抹消登記手続を求める部分は、同被告に抹消登記義務が存しないこと明らかであるから失当として棄却すべきである。

二、よって、以下、被告正気屋に対し別紙第一登記目録記載の各登記、被告吉村に対し別紙第二登記目録記載の各登記の抹消登記手続を求める請求の当否について判断する。

請求原因一、の事実は当事者間に争いがない。

被告等は、別紙第一登記目録記載の各登記が、原告と被告正気屋との間において、昭和三八年三月三一日当時訴外会社が被告正気屋に対して負担していた貸金債務金五六〇万九、三四二円のうち金五〇〇万円の担保にするための抵当権設定契約とそれが不履行の場合の代物弁済予約に基づくものであると主張する。

然しながら、この主張に副う≪証拠省略≫は、≪証拠省略≫に照して措信し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。

もっとも、原告が昭和三九年一一月一六日被告正気屋との間に本件物件につき抵当権設定契約、代物弁済の予約を締結したことは、原告の自認するところであるけれども、≪証拠省略≫によれば、つぎの事実が認められるのでこれをもって被告等の主張を肯認することはできない。

訴外会社は、繊維製品の製造、販売を業とする株式会社で、昭和二五年頃から引続いて被告正気屋とも取引関係にあったが、昭和三九年一一月一日頃取引先の丸福商事株式会社が倒産して金一、四七〇万円の売掛債権が回収不能になったことから資金繰りが困難となり、その侭では倒産する見透しとなった。そこで訴外会社の代表者である原告は、訴外会社の取引先から一時融資をうけて事態の好転を図ろうと企て、同月一五日被告正気屋に対し同月中に金五〇〇万円を貸与して欲しいと申入れた。これに対して被告正気屋は右金五〇〇万円の返済は半額は一二〇日、残りの半額は一五〇日の期限とすることで承諾しその担保を要求した。そこで原告は本件物件を右金五〇〇万円の担保に提供することを承諾し、同月一六日本件物件につきこの金五〇〇万円の貸金につき抵当権設定契約、その弁済が不履行の場合の代物弁済予約を締結し、登記に必要な書類を交付した。被告正気屋はこの書類を利用して同日別紙第一登記目録記載の各登記を経由した。ところが、右一一月を経過しても被告正気屋は原告に対し前記約定の金五〇〇万円を貸与せず、昭和四〇年一月二〇日には被告吉村を権利者とする別紙第二登記目録記載の各登記(附記登記)が経由された。その間、原告は被告正気屋に対し屡々前記約定の金五〇〇万円の貸与方を請求していたけれども同被告はこれに応じないので、被告正気屋に対しては昭和四〇年四月六日到達の、被告吉村に対しては同月七日到達の内容証明郵便で、前記金五〇〇万円の貸与契約、抵当権設定契約、代物弁済予約を解除する旨の意思表示をした。

以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、原告の自認する前記抵当権設定契約は昭和三九年一一月中に被告正気屋から原告に貸与することを約束されていた金五〇〇万円の貸金債務を被担保債務として締結されたものであり、原告の自認する代物弁済の予約もまた右貸金債務を担保する目的で締結されたものであることが明らかである。そうすれば、これ等の契約は、その締結の当時(同年一一月一六日)において未だ担保さるべき債務が発生していないけれども、特定の当事者間において一定の期間内に特定の金額が貸与されることが約定されていて将来生ずべき被担保債務が特定されていたのであるから、その限りにおいて有効なものであったというべきである。然しながら、被告正気屋からの右貸金交付の約束は同年一一月中に履行されず、その後も再三の貸金交付請求にも拘らずその履行がないため、原告は昭和四〇年四月六日被告正気屋に対し右金員貸与の契約を解除する旨の意思表示をしているのであるから、それが本来の契約解除の意思表示であるか否かは別として、これによって、同被告の方でも貸与しない意思を明白にしたものとみられるのであって、前記抵当権の被担保債務及び代物弁済予約によって担保されるべき債権の成立の主観的可能性は確定的になくなったものというべく、この時に被告正気屋の有していた前記契約に基づく抵当権並に所有権移転請求権(代物弁済の予約完結権)は消滅したものと解するのが相当である。

以上の次第であるから、被告等は、原告の自認する抵当権設定契約及び代物弁済の予約をもって、別紙第一登記目録記載の各登記の有効な登記原因とすることもできないのである。

そうすれば、原告の請求はいずれも正当としてこれを認容すべきものであること明らかである。

第二、被告三菱に対する請求について

請求原因一、の事実は当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によればつぎの事実が認められる。

訴外会社は繊維製品の製造販売を業とする株式会社で、昭和三四年頃から引続いて被告三菱とも取引関係にあったが、昭和三九年一一月一〇日頃取引先の丸福商事株式会社が倒産して金一、四七〇万円の売掛債権が回収不能になったことから資金繰りが困難となり、同月二〇日には翌日決済分の手形金が支払えない状態に陥った。そこで訴外会社の代表者である原告は同月二〇日被告三菱大阪支店に赴いて右の事情を述べ、「当月金五〇〇万円の援助をしてくれれば、一二月になれば金一、六〇〇万円の入金があるので倒産しないで済む。今月中に金五〇〇万円の援助をして欲しい。」と依頼した。これよりさき、原告は昭和三六年五月一日訴外会社が被告三菱に対して負担する債務につき金四、〇〇〇万円を限度とする連帯根保証契約を締結しており、訴外会社の被告三菱に対する債務額は昭和三九年四月三〇日現在で凡そ金五、八〇〇万円、同年一一月末日当時で凡そ金六、二〇〇万円に達していた。原告から前記援助の申入れをうけた被告三菱は検討の上、かねて昭和三七年頃から担保に差入れることを要求していた本件物件を訴外会社の被告三菱に対する根担保に提供するならば、訴外会社が在庫している季節はずれの商品を一時買上げて金五〇〇万円現金支払いによって援助する(将来販売シーズンになれば被告三菱の要求により再び訴外会社が買戻す。)旨申出でて原告はこれを承諾した。そこで被告三菱は同月二一日原告との間に、被告三菱と訴外会社間の昭和三六年五月一日付商取引基本契約に基づき訴外会社が被告三菱に対して負担する債務につき、極度額金一、五〇〇万円、利息日歩三銭、遅延損害金日歩五銭とする根抵当権設定契約並に代物弁済予約を締結し、同月二四日別紙第三登記目録記載の登記を経由すると共に、他方、右約定に基づいて訴外会社に対し在庫商品の代金として同月二一日金五〇〇万円の現金を支払い、更にその後原告からの依頼により訴外会社より在庫商品の買増しを行って同月二五日金二四九万八、八〇五円の現金を同会社に支払った。

以上の事実が認められる。≪証拠判断省略≫

そうすれば、別紙第三登記目録記載の各登記が、いずれもその登記原因を有することは明らかであるから、これが抹消登記手続を求める原告の請求は失当として棄却すべきである。

第三、よって、訴訟費用の負担について

民事訴訟法第八九条、第九二条但書に従い、主文のとおり判決した。

(裁判長裁判官 山内敏彦 裁判官 藤井俊彦 井土正明)

〈以下省略〉

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